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蔵ノ介は中学に入ってテニス部に入った。
努力家な蔵ノ介はすぐにうまくなってレギュラー入りして、二年にあがって部長になったらしい。
私のクラスにはテニス部の人がいなかったから聞く噂はすべて立ち聞きしたものだ。
部長になって関西大会を制覇したとかしないとか、全国大会に行くとか行かないとか。
夏休みが明けて学校に行くと、準優勝したとかなんとか。
蔵ノ介とは生まれたときから一緒にいたかは知らないけど、気付いたらいつも一緒にいた。 幼馴染、というキレイな言い方よりは腐れ縁という言葉が合う。 一緒に公園に遊びに行ったり、下校したり、お風呂に入ったり、本を読んだり。 蔵ノ介は兄弟に近い存在でずっとずっとこの関係が続くものだと私は(たぶんそのときは蔵ノ介も)思っていた。 けれど中学にあがったと同時にそんな思いは ぐしゃり と踏みつぶされてしまったのだ。 別に私も蔵ノ介も故意にそんなことをしたわけじゃない。 周りの空気に私たちは流されてしまった、ただそれだけのことだ。 三年にあがって私は白石、と同じクラスになった。 久しぶりに見た白石蔵ノ介は驚くほど大きくて男らしかった。 幼稚園に通っていた頃、私より小さかった蔵ノ介を私はよくからかった。 小学校にあがっても蔵ノ介より私は大きくて、それをネタによく蔵ノ介を煽って遊んだりもした。 けれど、中学にあがってから、私の知らない間に白石はとっくに私を抜かしていったのだ。 「いつか背抜かしたる!」と言っていたっけ、と思い出してしみじみと「男の成長は怖いな」と思った。 そんなことを思いながら後ろの方から白石の背中を眺める。 もうかれこれ数か月、いやもっとかもしれないけどろくに口を利いていない。 別にお互いが避けているわけでもなんでもないのだが。 ぼーっとしていると友達になった女の子たちが集まってきた。 「なあなあ、白石君ってやっぱかっこええよなあ」 「頭もええし、運動もできるし、優しいしなあ」 「は?白石君のことどう思う?!」 本当、白石蔵ノ介は私の知らない間に私を抜かしていったんだな。 私は女の子たちの質問に「忍足君のがええと思うで」と返して笑った。 みんな「ええ!謙也?!アイツただのアホやで!」と大笑いする。(忍足君に失礼なような。) 私の知っている蔵ノ介と、ここにいる白石は別人なんだ。そうに違いない。 「白石君彼女とかおるんかな〜」 「おれへんやろ!部活で忙しいやろし」 「せやんな!二年連続で部長やもんなー」 「好きな子とかおるんかな…知っとる?」 「そんなん知らんっちゅうねん」、そう返す前にチャイムが鳴った。 白石、女子にモテるのか…そう言われてみれば昔からちょこちょこ女の子に告白されたりはしてたけど。 背も伸びて、顔も大人びて、かっこよくなったと言えばたぶんそうなんだろう。 近くで見てないからよくわからないけど。 気付くと教卓に担任が立っており、いつの間にか委員会の振り分けがはじまっていた。 昨日決めた学級委員の二人がその場を仕切っている。 去年は何も委員会に入らなかったし、今年くらいなにかやろうかな。 目に入ったのは保健委員だった。 保健の先生とは仲がいいし、保健室でサボれそうだし。 そんな軽い気持ちで立候補した。 その数秒後、「俺も保健委員やる」と白石蔵ノ介が手を挙げた。 「なんかこうやって話すんも久しぶりやなあ」 保健委員会が終わると隣に座っていた白石蔵ノ介がそう話しかけてきた。 あ、声が男だ。そう瞬間的に思った。 「そうやね」とシャーペンをペンケースにしまいながら呟く。 私の知っている蔵ノ介はもうここにはいない。 もう私の前にはいないのだ。 そう事実を突き付けられた気分になった。 成長することは、悪くないのだけれど。 「お前、部活とか入ってへんの?」 「めんどいから入ってへん」 「めんどいってなあ…たまに運動せなぶくぶく太ってまうで」 「アンタみたいにひょろくもなりたない」 「ひょろい?俺が?」 ふと白石の方を見ると「この腕のどこがひょろいんかな?」といたずらっぽく笑っていた。 ずいっと見せつけるように私に差し出した腕は、とても「ひょろい」なんて言葉が似合わない、がっしりとした腕だった。 「昔はひょろかったのに」と思わず呟くと小さく笑いながら「男の成長は早いもんや」と白石は言った。 「せやけど、お前も変わったなあ」 「どこがやねん。身長もなんも変わってへんやん」 「うーん…なんちゅーか…女の成長は怖いわ」 「はあ?」 頬杖をつきながら白石をギロリと睨むと「おーこわー」と笑われた。 ケラケラと子どものように笑うその顔は、まるで昔の蔵ノ介そのままだった。 じっと笑顔を見ていると白石がそれを不思議に思ったのか、きょとんとした顔を一瞬見せて、「なんやねん」と私の頭を軽く叩いた。 「なにすんねん。痛いっちゅーねん」 「あんまじーっと見られると照れるやん」 「照れるとかそんなんせえへんやん。アンタ」 「あのなあ…」 白石は頭をかいて苦笑いをした。 私は白石から視線をそらしてペンケースを鞄に仕舞った。 そのまま立ちあがって椅子を元に戻す。 白石は「帰るん?」と顔をあげた。 「ドラマの再放送観たいしな」と返事をすると白石は「ああ、あれやろ、たこ焼き屋と金持ちのラブストーリー」と立ちあがりながら言った。 なんで知っているのだろう、という疑問はすぐに消えた。 「お前あれ、好きやったもんな。俺も付き合わされたわ」と白石が言ったからだ。 「俺も帰るわ。部活休みやし」 「あの部活が休みとか珍しいやん」 「オサムちゃん…顧問が急用で休みやねん」 「よかったやん。ほなね」 そう言って鞄を肩にかけ、白石に背中を向ける。 二、三歩扉に向かって歩き出したとき、白石に肩を掴まれる。 「なんやねん」と少し目を細めて言うと、白石は「なんやねん、って」と苦笑いをした。 「一緒に帰ろうや。別々に帰ったって、どうせ行く方向同じやろ?」 「まあ…せやけど」 「なんや、嫌なん?彼氏に見つかりたないとか?」 「おらんっちゅーねん、そんなん」 正直、白石と一緒に帰りたくなかった。 彼氏がいるわけじゃない。 人に見られたら面倒なことになるのは当然だからだ。 頭がよくて、テニスがうまくて、顔もいいらしいこの白石蔵ノ介という男。 あまりにも有名すぎて、人気すぎて、隣を歩くのは気が引けた、というのも理由の一つだが。 そんなことを言ったところで目に見えているのは「なんやねん、それ」と苦笑いする白石の顔だった。 その顔をわざわざ見るのも馬鹿な気がして私は何も気付かなかったふりをして「まあ、ええけど」と返事をした。 「!どういうことなん?!」 私の想像は見事に的中してしまったわけだ。 はあ、とつくため息は今ので計20回目のものだった。 白石と私が帰っているところを同じ学校の二年生に見られ、そいつが流したであろう噂が校内を駆け巡り、「白石の彼女は誰だ?!」と探りを入れたやつ(私の予想では忍足君あたりだと思う。)が白石に「昨日一緒に帰っとったん誰?」と訊き、私の名前が浮上したというわけだ。 名前が知られれば、顔を知られるのも早い。 しかも白石と同じクラスときたから、見つかるのも早い。 そしてクラスメイトたちは私と白石が同じ委員会であることを知っている。 「なるほど、それで…」となるわけだ。 クソくらえな方程式である。 一緒の委員会で、昨日委員会だったから、優しい優しい白石君がか弱い女子生徒を家まで送り届けてあげたのか! という風にならないのがこれまた不思議だ。 「どういうこと?!付き合ってるん?!」 「あーうるさいっちゅーねん」 「どうやねん!!ほんまに?!なあなあなあ!」 「うるさいっちゅーねん!」 廊下を歩くたび女子生徒に「あれ、白石君の…」「えー?!嘘やろ?!」と言われ、教室にいるだけで「白石と付き合ってるらしいで…」「嘘やん?!あれが?!」と言われる。 あれが、とはなんだ、あれがとは。 中には聞こえるくらいの声で「えーめっちゃブサイクやん!」と言ってくるくそったれなやつもいた。 テメーの顔面鏡で見てきやがれ、だ。 まあ私もかわいいかわいくないで言えば、かわいくないに分類されるのだろうが。 私が三年生で白石と同じクラス、ということもあり漫画によくある「お呼び出し」はない。 それが不幸中の幸いというやつだ。 友達も気を遣って「一緒にクラス移動したんで安心しいや!」「あれ、白石君と一緒に行かんでもええん?」とかなんとか言ってくれる。 友達っていうのは大切ですね、と私は空に話しかけそうになった。 「で、結局のところどうなん?」 「…付き合ってへん」 「やっぱりか!」 「やっぱりってなんやねん、やっぱりって」 「ごめんごめん勢いで…でも、やっぱと白石君ってなんか合わへんもん」 「完璧君と欠陥ちゃんですものねーよーくわかりますわー」 「そんなん言うてへんし!」 あはは、と笑う友達。 そうだ。 私と白石なんか、合ってない。 昔一緒に遊んでいたことが、すべて夢の話だったんだ、そう思った。 白石と蔵ノ介、私の知っているその二人ははたして同一人物だったのだろうか。 そんなくだらない疑問が浮かんでくるほど、私は白石を蔵ノ介として認識できなくなっていた。 「」 私がぼんやりそんなことを考えているときだった。 不意に友達の声ではない声が耳に入ってきて、顔をあげると、苦笑いした白石がそこにはいた。 友達はどこへ行ったのか、と思い白石の背後を見ると薄情者だ。 友達は自分の席に戻って様子をこっそり覗っていた。 私はその友達に向けて口パクで「アホ」と言って、視線を白石に戻した。 …それより、私のこと名前で呼ぶんや、この人。 「なんかえらい大変なことになってしもとんな」 「誰のせいやねん」 「俺のせいなん?」 「私は一人で帰ろうとしたやろ」 私が不機嫌にそう言うと、白石は「なるほどな」とまた苦笑いした。 「そら俺が悪いな」と言う。 昔から…蔵ノ介はすぐに謝る。 お前が断らなかった、そう言われたら私は返す言葉がなかったのに。 白石は私の前の席に座り、頬杖をついた。 「今日なんか用事ある?」 「あらへんけど、白石とは帰らへん」 「ほな、昼休みは?」 「なんもあらへんけど白石とは会わへん」 「ええやん、付き合うてることになってるんやし」 笑う白石のその小奇麗な顔面を殴ってやろうかと一瞬本気で思った。 きっとここで私が白石を殴ったら「夫婦喧嘩」だのなんだの言われるのだろう。 そのことが安易にわかって、一瞬でやる気がうせた。 私は少し考えてから、いくつか言いたいこともあるし、と思い「ええよ」とため息交じりに返した。 白石の後を何も考えずに歩いていると、「白石ー!嫁と仲良くせえやー!」という忍足君の声が背後から聞こえてきた。 白石はそれに反応せず、小さい声で「あいつ明日部活で殺したる…」と呟いた。 やはり白石もいい気がしないのだろう。 気付くと、なぜかテニス部の部室の前についていた。 「勝手に入ってもええん?」 「俺を誰やと思てんねん」 「テニス部の部長」 「問題ないやろ」 白石はポケットから部室の鍵を取り出した。 ガチャ、と音がして部室の鍵が開く。 部室の中を見るのははじめてだったが、思ったよりきれいだ。 まあこれもテニス部と女子の部活だけだと思うが。 テニス部の部長はこの健康オタク、白石だ。 部室が汚いなど許さないだろう。 部屋もきれいだし…まあ私が知っているのは小学生のときの蔵ノ介の部屋だが。 「まあ適当に座りーや」 「どうも」 椅子に置かれたボールのかごや誰かのユニフォームを床に捨てる。 「あーあ」と私が呟くと「ええねん、こんなん」と白石は笑った。 私は購買で買ったパンを取り出し、封を開けて口に含んだ。 白石はお母さん特製のお弁当広げた。 二人で黙々と食べた。 一体白石は私と何をしたかったのか、まさか一緒に昼食をとりたいわけでもないだろうに。 私がパンを食べ終わると、白石は「早っ」と驚いた顔をした。 私が早いんじゃない、白石が遅いのだ。 昔から一人だけ食べるのが遅くて、小学校の給食は一番最後に食べ終わっていたくらい。 「で、なんなん」 「あー…まあ、なんちゅうか」 「チャイム鳴ってまうわ。はよして」 「付き合うてるとか、合うてへんとかの話やけど」 「ああ、あれな。気にしてへんし、放っといたら消えてくやろ」 白石の弁当のからあげをつまむ。 「とんなや!」とか言うんやろうな、と想像していたのだが、白石は無言だった。 気味の悪い、と思って白石の顔を見るとどこか寂しげな顔をしている。 完全に私は「…?」な顔をしただろう。 からあげがそんなに食べたかったのか。 「からあげ、食いかけ返したろか?」 「なんでそうなんねん」 「からあげがとられて寂しいっちゅー顔しとったから」 「アホか」 食いかけはいらなかったらしい。 遠慮なくからあげを口に放り込み、もごもごと口を動かした。 白石はその間、最後のおかず、卵焼きを口に放り込んでいた。 二人とも口をもごもご動かしているせいで会話がまた途切れる。 口の中に物がある間は喋るな、と私はこっ酷く怒られた経験がある。 母親にではなく、蔵ノ介にだ。 それを今までずっと守ってきたせいで、学校で昼食の時間は口数が減ってしまっていた。 「そんで」 卵焼きが完全に口からなくなった白石はそう口を開いた。 私の口からからあげは完全になくなっていたが、口を開く気になれなかった。 「言いたいことがあるんやけど」 それは知ってる。 用事があるから私を呼んだんだろうが。 と、いうのは口に出さなかった。 いや、出せなかった。 私を見る白石の目があまりにも真剣、というか深刻、というか。 必死に見えたからだ。 もしかして「金輪際俺の前に現れやんといてくれ」とか言うのだろうか。 そんなこと言われても無理だ。 同じクラスで同じ委員会のやつの前に、現れないようにするなんて絶対無理だ。 「…なに」 「急やとは、思うんやけど」 「せやからなんやねん」 「ほんまに俺と、付き合ってくれへんか」 衝撃の急展開 「…は?」「噂を、ほんまにしたいんやけど、あかん?」 そう照れながら訊いてくる白石は、蔵ノ介だった。 私のよく知っている、私が大好きな蔵ノ介だった。 照れると右側を向く癖は直っていないようだ。 顔が赤い蔵ノ介を見ているうちに、私まで恥ずかしくなって、俯いた。 沈黙が痛い。 なんと返せばいいのか、わからない。 それもこれもこの男、白石蔵ノ介のせいだ。 そう口の中で呟いてから、ため息をつく。 呆れたわけでも、困ったわけでもない。 そうでもしないと体中が熱に包まれてしまう気がしたから。 「…今日、部活は」 「…休みや。顧問が、また休みやから」 「…ひま?」 「かなりひま」 「なんで即答やねん!」 「そら即答するやろ!一緒に帰ろとか言うてくれるんかなとか思たら期待して即答するやろ!!」 「アホか!」 「…そんで、なんやねん。ひまやけど」 「…一緒に帰ろ」 「もちろんや」 そう恥ずかしそうに笑った蔵ノ介にイラッとして「まだ付き合おうとか言うたわけちゃうでな」と念を押した。 それでも蔵ノ介は嬉しそうに「わかっとるわ」と笑った。 それがひどく子どもっぽくて、ああ、蔵ノ介はここにいる。 そう思えて、嬉しかった。 |