小さい頃から将来の夢は小説家だった。
つまらない授業のときはいつも小説を書いて時間を潰していた。
書いた小説は誰にも見せることはなく、仕舞いこんでしまうか捨てるかのどちらかだった。
もちろん誰かに読んでもらって感想を聞いてみたいと思ったことは何度もあった。
けれど恥ずかしいし頼む勇気もなかった私は、いつも一人で小説の世界に浸っていた。
それはこの世界に来てからも変わらなかった。
「あなたは死んだのよ」。
そう、ゆり、と名乗った女の子に言われたとき、私は「小説のようね」と彼女に返した。
彼女は「はあ?」とハテナマークを飛ばしていたっけ。
私は彼女が片手に持っていた銃をぼんやりと眺めて、特に何も考えていなかった。
起きたら突然知らない世界にいて、見知らぬ制服を着た少女に「死んだ」と言われたのだ。
あり得ないことでもない。
私は彼女の言葉を疑わなかった。
「SSSに入ってくれる?」とゆりはまるで私の答えを知っていたかのように笑った。
もちろん私は、特に何も考えないまま「いいわ」とだけ答えた。









天使と戦う日々は正直言ってつまらなかった。
私が書きたいのはライトノベルでもSF小説でもない。
ごくありきたりな小説を書きたかった。
けれどそれはゆりによって禁止されてしまった。


「あなたにとってのやりたいことがそれなら、それを許すわけにはいかないわ」
「どうして?」
「消えるファクターになりかねない…と言うより確実に消えてしまうからよ」


この世界の決まりを私は未だによく理解していなかった。
ゆりが言うには「生きていたときにやりたかったこと」をここでやってしまうと「消えてしまう」そうだ。
よくわからなかった。
字面では理解できてもよく、わからない。
だって私はゆりに隠れて小説を書いて、何度も捨てては書き、捨てては書きを繰り返しているのだ。
「生きているときにやりたかったこと」をやると「消えてしまう」のであれば、私はとっくの昔に消えているはずなのに。
私が本当に「やりたかったこと」は、小説を書くことじゃないの?


「あなた、もしかして消えたいの?」
「…そんなんじゃないわ」


ゆりはひとつ溜息をついて「今日は解散にしましょう」とその場にいた全員に告げた。
部屋に戻ってからも私は小説を書いた。
書きたいものを、誰に読まれるわけでもないのだから、好きなように。
けれど、やっぱり私は消えなかった。









ゆりに教えられたことは他にもあった。
特にゆりが大きな声で言ったのが「授業を真面目に受けてはいけない」というものだった。
もともと真面目に受けるつもりなど毛頭なかった私からすれば簡単なことだったが。
授業中は決まって板書はとらず、代わりにルーズリーフに小説を書いた。
そんなことを繰り返していたある日のことだった。
休み時間に少し眠りに落ちてしまった私はチャイムが鳴ったと同時に机から飛び起きた。
教室には誰もおらず、机には「移動教室だぞ。 音無」と書かれたメモが一枚置いてあった。
起こしてくれればいいものを…と思いつつ私は一応出席だけはとっておくべきだと言われていたため急いで準備をした。
教室から理科室に早歩きで向かったとき。
私は一枚、ルーズリーフを落としたことに気付かなかったのだ。




私がルーズリーフを落としたことに気付いたのは授業中のことだった。
小説の続きを書こうと準備をすると、一枚足りなかったのだ。
心臓の音がうるさくなるのがよくわかった。
誰かに拾われて、読まれてしまったら、どうしよう。
私は教師にトイレに行くと嘘をついて理科室を飛び出した。
授業がはじまってまだ10分しか経っていない。
授業中だし、誰も廊下を通ることはないだろう。
そう思いながら廊下を走っていた。


「そこの女子生徒、止まれ」


静かな廊下に凛とした男の声が聞こえた。
ゆっくり振り返ると、私とは違う学ランのような制服を着た男子生徒が一人立っていた。
どこかで見たことのある顔だった。


「今は授業中だ。どこへ行く?」
「お手洗いです」
「…廊下を走らなくてはいけないほど急いでいるのか?」
「はい。そうです」


私が早口で答えると男子生徒は鋭い目つきのまま息を吐いて「行け」とだけ言った。
私に背中を向けてから学帽の向きを整えてゆっくり階段を下りて行った。
小説に出てきそうな雰囲気のある男の子だったな、と頭の隅っこで一瞬思った。
教室の前につくとやはり私が落としたルーズリーフが一枚あった。
ほっと息をつく。
ルーズリーフを拾い上げると、そこに私の字ではない字が書かれていた。


"なかなか面白い。続きを楽しみにしている。"


そう、几帳面な字が並んでいた。
はじめてだった。
他人に小説を読まれて、感想をもらうことは。
恥ずかしいはずなのになぜだか涙が出そうになっていた。









それから私は名も姿も知らぬ人に小説を読んでもらうため、毎週同じ時間にルーズリーフを落とした。
有り難いことにその時間はほとんど理科室へ移動する授業だったため、他の人に拾われてしまうことはなかった。
そして10分ほど経ったら私は教師に嘘をついてルーズリーフを拾いに行った。
ルーズリーフには私のものではない几帳面な文字で感想が書かれている。
それを読むことが楽しみになっていた。
毎回褒められているわけではなかった。
時には誤字脱字を注意されたり、「ここの表現がわかりづらい」「何を考えているのかわからない」などと指摘もされた。
けれど、それすらも嬉しかったのだ。
この人はちゃんと私の小説を読んでくれている。
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。
小説は終わりに近づいていた。
これが終わったらまた別の小説を書いて、ここに落とすべきなのだろうか。
そうしたらこの人はまた、感想をくれるのだろうか。


「…終わらせたく、ないな」


自然と声がもれた。
本当に嬉しくて、楽しかった。
この人とのやりとりが。
他人から言葉をもらえることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
けれど、この物語が終わると同時にそれも終わってしまうのだと思うと、悲しかった。
最後の一枚を書いたら、ここで、この人と話して、ちゃんと本人の口から感想を聞いてみたい。
はじめて私の小説の読者になってくれたこの人にお礼が言いたい。
一体この人は誰なのだろう。


「何をしている」


その場の空気が変わった。
後ろを振り返ると、前に私を注意した学ランの男子生徒が立っていた。
鋭い目つきで私を睨みつけているように見えた。


「…落し物を、拾いに来たんです」
「それが落し物か」
「はい」
「それは何だ?」
「…ルーズリーフです」


男子生徒は私の答えに納得できなかったらしい。
疑念の目で私を見下ろしてから「まあいいだろう」と小さくつぶやいた。
私はルーズリーフを隠すように持って、ゆっくり立ちあがった。
そうだ、この人は生徒会副会長の人だ。
天使側の人間…となると一応私の敵側にいるのだから、あまり関わらない方がいいだろう。
まあそもそも彼はNPCなのだから敵でも味方でもないのかもしれないが。
そう思い「失礼します」と言って副会長の隣を通り過ぎようとした。


「…最終回が楽しみだな」
「え?」


私が足を止め、振り返るともうそこに副会長はいなかった。





(2010/07/12)



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