近所の中学校に入学した私はいろんな子に話しかけて友達の輪を広げる努力をしていた。 もちろんすぐに友達はできたし、その中にすごく気の合う子がいてその子とは仲良くなったその日に一緒に下校するほどだった。 中学校は絶対に部活に入らなくてはいけない決まりがあるらしく何に入ろうかと考えてみたが、すぐに決まらなかった。 担任の先生に相談すると「ゆっくり考えなさい」と言われ、入部届けの提出期限を少しだけ伸ばしてくれた。 その日の放課後、いろんな部活を見て回った。 運動部には入る気がしなかった。 スポーツなんて疲れるだけだし、放課後に運動して汗をかくことなんて考えられなかった。 だから運動部は見ずに文化部だけを回って、吹奏楽部か美術部の二つにまでしぼることができた。 正直、吹奏楽も美術もあまり興味はなかった。 とにかく私は少し物事に無関心なのだ。







結局そこまで乗り気ではなかったが、仲のいい子がいるからという理由で美術部に入った。 入ったあとは吹奏楽なんて今までやったことのない自分が入ったら足を引っ張るし、他の部活だって今までやったことのないものばかりだしと自分の選択を正当化していた。 美術部は先輩たちがとても優しくて、仲のいい子たちと一緒に部活をするのは楽しいし、入ってみるとだんだん楽しくなっていった。 顧問の先生が部活にあまり来ないくせに厳しい人なのが嫌だったけれど。 部活に入って三ヶ月経った頃、はじめて顧問の先生に会った。 今までは自由に絵を描いていたのに、顧問の先生が突然「外に行ってなんでもいいから外のものの絵を完成させなさい」と言ってきた。 仕方なく部員全員で外に出たのだけれど、今日中に完成させなければいけないらしく集中するためにそれぞれ別の場所に移動した。 私はグラウンドの近くのベンチに座って空を描くことにした。 何のひねりもないが、今日の空があまりにもきれいだったからそうしようと思った。 7月ということもあり少し暑いが、穏やかで暖かい風が吹いている。 少し眠気を誘うような、心地よい天候だ。 グラウンドからはサッカー部や野球部の活気あふれる声が聞こえて来て、近くにある音楽室からは吹奏楽部の演奏が聴こえ、校舎の方からは人の笑い声。 とてものどかで、いい雰囲気だ。 そうしみじみ思っているときだった、目の前に白い物体が落ちてきたのは。 はじめはそれが何かよくわからなかったが、視線を足元に落とすとそれがボールであることはすぐにわかった。 どこから転がってきたのだろう?とボールを拾い辺りを見渡しているとグラウンドの方から一人の野球部員が顔を出した。


「悪ィ、それこっち投げてくれ」


あ、と思った。 グラウンドから顔を出したのは同じクラスの泉くんだった。 話したことはないし、とりわけ個性的であるというわけではなかったけれどなんとなく印象に残っている。 正直野球部だということは意外だった。 勝手なイメージでサッカーとかテニスとか、そういう運動部に入っていそうなイメージがあったから。 「あ、うん」と短く言葉を返してから途中まで描いていた絵をベンチにおいて立つ。 そういえば野球に使うボールを持ったのも投げるのもはじめてだった。 泉くんのところまで届くかどうか少し心配だったが、できるだけ思いっきりボールを投げた。 予想通り泉くんのところまでは届かなかった。 けれど泉くんが転がったボールを掬いあげてからこちらにまた顔を向ける。


「サンキュー、


青空の下、ひどく爽やかな声が私の名前を歌のように言った。
ここからだった。 隠れた恋心を彼に抱いたのは。














高校生になった春。 中学校から近くにある女子高に入学した私は中学の時とそう変わらない日々を送っていた。 泉くんには、告白しなかった。 というより、あれ以来会話すらしなかった。 卒業するときに勢いだけで言ってしまおうかとも思ったけれど、フラれて落ち込むよりは未練タラタラの方が楽なような気がしてやめてしまった。 単に勇気がなかっただけだけれど。 少し前のことなのにずいぶんと昔のことのように思える。 ふと横を見ると名前しか見たことのない高校があった。 こんなところまで歩いてきたのかと思うと帰りのことが憂鬱になったが、祖母の頼みだ。 仕方ない。 なぜこんなところにいるのかというと、祖母が少し離れたところに住んでいる友人に渡したいものがあるとかなんとかで、私が暇そうなのを見てそれを届けるように頼んできたのだ。 別に嫌ではなかったが自転車がパンクしていたことをすっかり忘れていたせいで歩いてくことになったのは痛かった。 はあ、とため息をつくとちょうど自分の真隣にあるグラウンドからボールか転がってきた。 それが視界に入るとほぼ同時に懐かしい記憶がよみがえってくる。


「それ、こっち投げてくれ」


突然聴こえた声にはっとして振り向く。 短く返事をしてからボールを拾う。 泉くん、だった。 声は私が知っているものより低かったけれど、確かに泉くんだった。 こんな偶然があるのはドラマとか漫画の中だけだと思っていた。 すごく不思議な気持ちがして、いまいち頭が動かない。 あの日は泉くんにボールが届かなかったけれどそれでもいい。 泉くんが掬いあげてくれるから、届かなくてもいい。 あの日と同じように思いっきりボールを投げる。 やっぱり泉くんには届かず、手前で転がってしまう。 それを泉くんが慣れたように掬いあげる。


「・・・泉くん!」


ボールを掬いあげた泉くんは少しびっくりしたように顔をあげる。 何を言おうかなんて考えていなかった。 というより、話しかけるなんて思ってもいなかったのに、声が出てしまった。 泉くんが不思議そうにこちらを見ているのに気付いて、何を言おうかとオロオロしていると、泉くんの方が先に口を開いた。


「サンキュー!!」
「・・・あ、うん!えっと、頑張ってね!」


泉くんは笑って「おう」と言って背中を向けて走って行ってしまった。 しばらくその背中が小さくなっていくのを見ていたが、泉くんが野球部の人たちの輪に入って行ったと同時に私もまた歩き出した。 きっともう、泉くんに会うことはないと思った、なんとなく。 私の中の泉くんはあの夏の、青空の下にいたときのままなんだろう。 そう思うと少しだけ切なくなった。





心だけは夏に置き去り






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