ばしゃん、と水が舞う。 春の弱い日差しに晒された水粒はその弱い光だけできらりと宝石のように輝いた。 今朝降った雨でできた水溜りから跳ねただけの、ただの水粒だ。 それなのにきらりと光る水粒はひどく美しく、儚いものに見えた。 やがて水粒が地面に叩きつけられる。 何の音も立てずに消えていったそれは先ほどの美しさなど嘘であったように、ただの水になってしまった。


「木ノ瀬くんはさ」


聞き心地のいい先輩の声だ。 「はい?」と返すと先輩は僕が大好きな笑みを浮かべて「あのね」と話し始める。 僕は先輩の笑った顔が好きだ。 嬉しそうな顔も好きだ。 先輩の小さくて柔らかい手も、流れるように揺れる髪も、星のようにきれいな瞳も、何もかも。 先輩の何もかもが、僕の見ている世界を変えていく。 先輩という存在が僕の何もかもを、変えていく。


「…聞いてる?」


「もちろん聞いてますよ」、そう返すと先輩は「本当にー?」と笑う。 その疑っているようで実は疑っていない、まっさらな笑みも、僕は大好きだ。


「私さ」


ぴたり、と軽やかに動かしていた足を止める。 先輩の後ろを歩いていた僕も先輩の隣で足を止める。 どうしたものか、と先輩の顔を覗き込むが特に変わった様子はない。 きっと自分の気持ちに即した言葉が見つからないのだろう。 静かに言葉を探す先輩の顔ももちろん好きだ。


「木ノ瀬くんのことがさ」


先輩は知らない。 先輩の笑った顔や怒った顔、泣いている顔、手も髪も瞳も、僕が好きだということを、先輩は知らない。 そして、僕が知らないふりして知っていることも、先輩は知らない。 僕は知っているけれど、教えない。 待っていることは苦手じゃないからだ。


「すきなんだよねー、とか言ってみたりして」


あはは、と軽く笑ってから先輩はまた足を動かし始める。 先輩は怖がりで照れ屋だ。 僕はそんな怖がりで照れ屋な先輩の腕をつかんで、ぐいっと引っ張る。 前に進もうとしていた先輩はバランスを崩して僕の腕をぎゅっとつかむ。 引っ張った先輩の腕は思っていたより、見ていたより、細く感じた。 先輩は目を丸くして僕をじっと見ている。 驚いていて、不安そうで、期待しているような目だ。


「木ノ瀬くん?」


僕の言葉を待っている。 今のは冗談でなかったから流さないでほしい。 そう言っている目だ。 僕は先輩の何もかもを知っている。 知っているのに知らないふりをしてきた。 ずっと通り過ぎていくのを横目に見ているだけだった。 けれどそろそろその腕をつかもうか。





春来たる、そうして僕らは輝くのです。










(2011/03/28)


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