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僕の部屋に上がり込んで来ては、似合いもしない読書をしていく佐藤の存在。 正直いってはじめのうちは鬱陶しい以外のなんでもなかったが、今では不本意だが僕の日常の一部と化してしまった。 佐藤はただの同級生の中でも滅多に喋らない、所謂「別の世界を生きている人間」だと僕は認識していたのだが、いつしか佐藤の世界に飲み込まれてしまったのだろうか。 それとも僕の世界が佐藤の世界を飲み込んでしまったのだろうか。 彼の存在は僕の中で、先ほども言ったように「当たり前のもの」となってしまっている。 「水城、これなんて読むんだ?」 「…そうしそうあい」 「へーアイソウアイアイかと思った」 「君、バカでしょ?」 「よく言われる」 部屋の本棚を勝手に漁って、適当に本を選んではこんなやりとりを繰り返す。 佐藤が本を読んでいる間、僕は特に何もすることがないので四苦八苦しながら本を読む彼を観察しているのだ。 佐藤が本を読むペースはひどく遅い。一時間経っても二ページしか読めないことなんて当たり前だ。 途中「もうやめたー」と本を放りだすこともしばしばだが、数分経てばまた本に手を伸ばす。 その繰り返しだ。 本を読む顔は真剣だが僕にしてくる質問はバカ丸出しなものばかりだ。 小学生でも読めるような漢字の読み方や簡単な言葉の意味を何度も何度も聞かれるのは少々疲れる。 なぜ佐藤が普段は読みもしない本を読みに来るのかはいまいちわからない。 国語の勉強でもする気になったのか、と思っていたが中間考査での点数は悲惨なものであった。 そもそも授業の態度が変わらないあたり勉強をしようなどとは一切思っていないのだろう。 「水城っていっつもこんなむずしい本読んでるのか?」 「それのどこが難しいの?普通の小説なんだけど」 「漢字とか言葉とかむずかしい」 「…それは君の勉強不足だと思うけど」 ふーん、と佐藤は呟いてまた読書に戻る。 まあ、佐藤は確かにバカだけれど一応毎日読書をしている成果は徐々に表れて来ているらしい。 日に日に僕に質問する回数が減ってきているのだ。 その成長にまるで母親のように驚いてしまう自分がなんだが間抜けに思えるが。 佐藤にとってこの行為がどんな意味を持っているのかは知らないが、とにかく佐藤のためにはなっているようだった。 「水城ってさ、俺とはぜんぜん違う世界見てるんだな」 「は?」 「俺はどっちかってーと、やっぱ外で体動かすのが好きだからさー」 「…じゃあこんなところに来てないで外に行けば?」 「んーそれもいいけどさ、水城の見てる世界知りたいし、俺」 「はあ?」 「水城の部屋にある本、ぜんぶ読んだらお前の見てる世界わかるかな、と思ってさ」 読書をしながら笑う佐藤の顔は、ひどく優しかった。 佐藤が僕の見ている世界を知ったところで何にもならないのに。 バカ、というか変わったやつなんだ、佐藤は。 「そんなの知ったって何にもならないよ」 「俺のためになる」 「なんで?」 「なんでも」 佐藤はそう言ってまた笑う。 窓から吹き込む風に揺れる佐藤の明るい茶髪。 はじめて佐藤を見たときに見た目で人を判断してしまう癖のある僕は、咄嗟に彼を「関わらない方がいい人間」に分別したことを思い出した。 彼を分別してから何日かしてからだった、彼が僕に声をかけて来たのは。 その第一声は忘れもしない。 突然僕の腕をつかんで「本を読ませてほしい」と言ったのだ、佐藤は。 本なら図書室にあるだろ、と僕が言っても彼は「そうじゃなくて」としか言わなかった。 だから仕方なく家に上げて本を読ませるようになった。 これが僕と佐藤との簡単な出会いだ。 「ちなみにさー俺が本読み終わったら、今度は水城が俺のこと知る番なー」 「はあ?僕、君に興味なんかないんだけど」 「そんなこと言うなって…地味に傷つくから…」 「大体君なんかバカの一言で片付くんじゃないの?」 「今のはグサッと来たよ、グサッと!」 佐藤は泣く真似を少ししてからへらりと笑った。 僕がはじめ、彼を分別したときに抱いた人間像と実際の彼はだいぶとちがっていた。 僕の部屋で出したゴミはきちんと分別するし、本棚を荒らしたりしないし。 それにたまにひどく優しい笑みを浮かべる。 はじめて家に上げたとき、すでに僕の彼に対するイメージはがらりと変わってしまった。 今はどんどん自分の思い違いが明らかになっていくことに混乱する毎日だ。 「…そんなこと言うくらいならさ」 「うん?」 「読んでる本のタイトルくらい覚えなよ」 「え?何で?」 「今読んでる本、昨日読んでた本じゃないよ」 「え、嘘?!マジで?!」 「ちなみにはじめて僕の家に来た時に読んでた本でもないよ」 「嘘?!」 佐藤が本を読み終わったら、僕は野球とかサッカーにでも付き合わされるのだろうか。 それを思うと、少しだけ憂鬱になった。 けれど、本を読んでいるときよりは楽しそうな佐藤がそこにはいるのだろう。 それを思うと、少しだけ、楽しみなような気もした。 僕と佐藤 |