「わたしね、負けないよ」


彼女は淡い笑みを浮かべた。 淡い笑みは僕に向けられたものではなく、彼女自身に向けられたものだった。 その奥底に血液が流れているのか疑問に思うくらい色を失いつつある肌。 小さいけれどしっかりと握られた細い手。 しかし、それはよく見ると震えている。 目に見えないほどの震えを、彼女は必死に隠そうと淡い笑みを浮かべているのだ。


「大丈夫よ、神様に何度もお祈りしたもの」


淡い笑みを浮かべたままこちらに顔を向けた。 目に見えない彼女の震えが、僕にははっきりと見える。 何を堪えているのだろう、何を隠しているのだろう、何を我慢しているのだろう。 彼女は支えられる人間で、僕は支える人間だ。 それなのに彼女はどうして僕に寄りかかってはくれないのだろう。 それをひどく歯痒く、虚しいと感じた。 僕には彼女を支える、救う、守ることが、できないのか。 彼女はたった一人で立ち、堪え、我慢し続けるのだろうか。 僕は、ここにいる僕は、彼女を支える、救う、守る、それだけのためだというのに。 彼女は弱い、ひどく弱い強がりだ。


「僕は、ここにいる」
「大丈夫よ、わたし一人でも、神様が見守っていてくれるわ」
「僕が、ここにいる」


だからせめて、泣いてくれ。 せめて、震えてくれ。 せめて、頼ってくれ。 僕がここにいる理由は、君という存在を守るためなのだから。 その存在意義を神様に回さないでくれ。 僕はいる、僕がいる、僕がここにいる、僕がここに君の為にいる。 それを忘れないで。


「…こわいよ、こわい、すごく、すごくこわいの」
「うん」
「どうしよう、消えちゃって、いなくなっちゃったらどうしよう」
「うん」
「春が眠ったままで、朝が来なくて、雨が止まなくて、ずっと、このままだったらどうしよう」


彼女は泣いた。 淡い笑みの壁を取っ払って、彼女を見つけた。 色を失いかけていた肌は赤く染まり、しっかり握られた手は小さく震えだす。 彼女をそっと抱き寄せると、細い肩も、小さな背中も、何もかもが恐怖していた。 こんな風になるまで彼女はどれくらいの嘘を並べたのだろう。 こんな風になるまで僕はどれくらいの警報を聴きそびれたのだろう。 僕がいる。 彼女がいる。 二人でいる。 一人じゃない。 僕も、彼女も、僕たちも、一人なんかじゃない。


「冬が眠って必ず春が目覚める、夜は明けて必ず朝が来る、雨は止んで必ず青い空が顔を出す」
「…ほんとう?」
「ほんとうだよ。それまで僕がいる、ずっと、ここにいる」


だからお願いだ。 神様にお祈りする前に、僕を頼ってくれ。 僕がいることを忘れないで。 春は目覚める。 朝は来る。 空も晴れる。 ずっと永遠に変わらないものなんてないだろう。 だからずっとこのままなんてことはないんだよ。 変わるそのときまで、僕がここにいる。


そのことを、どうか、忘れないで。




はる待ちの彼女







(2011/03/12)
この感情を忘れない。絶対に忘れない。
画面越しに見たことも流した涙も握った拳も何もかもを、忘れない。



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