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僕はひとり、何もなくただ暗闇が続く場所に立っていた。
ここはどこだ?そう周りを見渡してもやはり何もなく、ただ果てしなく暗闇が続いているだけだった。
足元を見ると、見慣れたスニーカーを履いていて、ズボンは風呂に入る前に穿いていたものだった。
いつの間にまた着替えたのだろう。
僕はわかるはずもないことを考えた。
夢にしてはやけにリアルなような気がするし、現実にしてはあまりにも非現実的な光景だ。
僕の家の中でこれほど暗い部屋はあっただろうか。せいぜい電気をつけずに入ったトイレくらいのものだ。
けれどここで不思議なのは暗闇なのに、すべてが見えていることだ。
僕の周りだけ光があるわけではなく、暗闇の奥の奥まで僕にはよく見えていた。
僕の体が暗闇に包まれることはなく、まるで僕自身が暗闇になったかのような感覚がした。
ここは、どこだ?そう呟く声は誰の耳に届くこともない。
反響して僕のもとに返ってくるわけでもなく、暗闇に吸収されてしまった。
ふとした瞬間、瞬きをすると驚くことに目に入ってきたのは見慣れた勉強机だった。 視線を左にずらせば本棚が、右にずらせばクローゼットが見えた。 立っていたはずの僕はベッドの上に座っていて、暗闇だったはずのそこは僕の部屋だった。 やっぱり夢だったのだろうか。 夢だとしたら可愛げのない夢だったな、と僕はぼんやり思ってベッドから立ち上がる。 ふとまた意識しながらゆっくり瞬きをしてみた。 目を開けてもそこには見慣れた僕の部屋があるだけで、あの果てしない暗闇は存在しなかった。 それはそうだ、あれは夢だったのだから。 ほっと息をつくと、母親のうるさい声が聞こえた。 夏休みにも関わらず毎日同じ時間に起こされるのは少し憂鬱だ。 僕は適当に返事をしてから携帯を持って部屋を出た。 今日の朝食は味噌汁らしい。 二階まで漂ってくる匂いに食欲をそそられる。 そのとき、僕はすでにさきほどまで頭を埋め尽くしていた夢のことなど、さっぱり忘れていた。 朝食を食べ終わり、リビングでのんびりとニュースを観ているといくつか殺人事件のことが取り上げられていた。 母親は「物騒ね」と皿を洗いながら呟く。 僕はそれに「そうだね」とだけ返してまたニュースをぼんやり眺める。 殺人なんかして、どうするのだろう。 頭の端にそんな疑問が浮かんだが、僕に分かるはずもない。 僕は殺人なんかしたことがないし、殺人に快楽を感じることなんてないからだ。 むしろ憎悪を感じるくらいだ。 漠然と思ったのは、殺人者と僕は人間として根本的に違う、ということだけだった。 僕はまたあの暗闇にいた。 またか、と心の中で呟いて念のために辺りを見渡した。 予想はしていたが、何もなくただ果てしなく暗闇が続いているだけだった。 一体僕はなぜこんな薄気味悪い夢を見ているのだろうか。 ここで事件か何か起これば普通の夢になるというのに、なぜ何も起こらないのだろう。 目を閉じて小さなため息を一つつく。 目を開けると、僕は思わず肩を揺らした。 いつの間にか僕の目の前に小学生くらいの子どもがいた。 心臓がばくばくと音を立てるのがよくわかった。 その子どもは、よく見ると幼い僕だったからだ。 どうして幼い僕が僕の目の前にいるのか、なんていう疑問は「夢だから」という一言で片付いてしまうとわかっていても、僕はただただ疑問に思い驚いていた。 幼い僕は無表情で僕を見上げていた。 まるで「ああ自分はこうなるのか」と確認しているかのように。 しばらく幼い僕と向き合っていると、その数メートル後ろに子どもが三人ほどぱっと現れた。 僕は息をのんだ。 その子ども三人は、小学生のときに散々僕をいじめていたクラスメイトだったのだ。 数メートル先から僕か、はたまた幼い僕を見つけたらしい三人はニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。 今思えば可愛らしい子どものいたずらだったのだが、小学生の僕にはそれが憎くて憎くて仕方がなかった。 毎日が、彼らのせいで苦痛だった。 三人に捕まったのは僕ではなく幼い僕だった。 どうやら三人には僕が見えていない様子だ。 幼い僕を三人で囲んで幼稚な悪口を浴びせ、蹴りを入れたりして幼い僕をからかう三人は腹が立つほどの笑顔だった。 小さく蹲る幼い僕は、今にも泣き出しそうだ。 どんなに悔しくても昔の僕はこの状態から動くことはなく、決して手を出さなかった。 仕返しされるのが怖かったからだ。 だから幼い僕も蹲ってただ耐えるだけだろう、と僕は安易に考えていた。 しかし突然幼い僕が立ちあがる。 昔の僕はそんなことをしたことがなかったのに。 幼い僕は僕の方を見てにっこりと、子どもらしさが中途半端に残った不気味な笑みを見せた。 そして次の瞬間、真っ赤な液体が飛び散った。 幼い僕がそれを見て声をあげて無邪気に笑った。 その周りには肉の塊と化した三人が転がっていた。 幼い僕が僕に抱きつく。 「邪魔なもの、なくなったよ」と言う幼い僕は、人を殺した自覚がないかのように、無邪気に、子どもらしく笑っていた。 ふとした瞬間、僕はまた瞬きをしたのだろう。 気付けば自分の部屋のベッドの上に座っていた。 頬には汗が伝っていた。 汗を適当に服の端で拭き取り、母親に呼ばれる前に部屋を出た。 廊下を歩く僕は、なぜだか少し不安だった。 なぜあんな夢を見たのだろう。 僕はそこまであの三人を恨んでいたわけじゃない。 確かに当時は、殺してしまいたいと思っただろう。 けれどそれは本気で思ったわけじゃない。 本気で思っていたなら僕はまず、囲まれたときに蹲ったりせずに三人に殴りかかっていただろう。 それすらできなかった僕に人殺しなんて、できるはずがない。 そんな根性はないはずなんだ。 洗面台の前に立ち、鏡を見る。 自分でも驚くほど顔が青ざめていた。 それはそうだ、幼い頃の自分が人を殺した夢を見たのだから。 そんな夢を見て気味悪がらない人なんてそうそういないだろう。 蛇口を捻ると少し生温かい水が出てくる。 滑らかな触り心地はとても気味が悪かった。 夢の中で飛び散った赤い液体が脳裏に過ぎる。 忘れろ、忘れろ。 そう自分に言い聞かせても簡単に消える夢ではなかった。 あの暗闇に包まれた空間は何なんだ? どうして幼い僕が人を殺した? 気味が悪いとしかいい表わせない暗闇の夢は、静かに僕を襲い始めていた。 |
暗 黒 地 獄