大学2年から毎日パチンコにいくようになり、講義もでないで試験も受けない。
必然と単位は取れなく、1年の時に32単位取得したのに2年の時は4単位のみ。
普通なら留年ですが、4年までは自動的に上がる仕組みだったので大学4年生へ。
親に高い授業料と入学金を出してもらったのにと申し訳なさがある。
中退を途中でしないで4年間在籍したのはサークル仲間や友人と一緒にいたかった為だが、
その知人にもそれだけ単位がまずいことは知らせてない。
結局は周囲の人間に嘘をつき、どうしたら良いか解決策も見出せなくパチンコに逃げる
日々を3年間も送っていたわけです。
知人に嘘をつき、パチンコの毎日を繰り返す最悪の日々だが、人生には大きな希望を抱いていて、
人生一度きりなので、将来はサラリーマンではなく特殊なことをしてみたいという願望ばかりが
強かった。
本は乱読のように読み漁り、自分が生涯かけれるものは何かを模索する毎日。
しかし答えはでなく毎日が過ぎていき、今の自分には将来を選ぶ知識・経験・環境がないと思い
人生の答えを保留するしかないと決めたわけです。
今思うとこの時期が一番辛かったと思います。
周囲から将来を期待されながら、大学にも行かず毎日パチンコをして友人にも明かせず自分を偽り
続けるのがとても嫌でした。
よくチェックシートとかで「ギャンブル依存症チェック」がありますが、当時の自分の行動を採点
すると間違いなく病気です。
今の自分だと当てはまるものは無いのですが、当時は酷かったです。
バイトに行くかパチンコに行くかをパチスロで1000円で出るかどうかで決めたり、親の財布から
1万円を盗んだり、バイトの給与を数日間で無くしたりしてました。
一時はパチプロになろうかと本気で思ったことがあり真剣に1ヵ月間勝ちだけを意識して毎日通った
んですが、30日間で負けた日が3日だけで月トータル65万円の勝ちになったことがありました。
でも物凄い詰らない遊技の仕方で快感が薄いのと、ストレスが溜まるようでパチプロになろうという
選択肢は諦めました。
今思えばギャンブル依存症の真っ只中ですね。人生の中でもピークだったかもしれません。
見えない将来に苛立ちを覚え、逃避としてパチンコに逃げていたと思います。