パチンコ店に勤めるようになって驚いたのが勤めている人でした。
新規グランドオープンとは名ばかりで、大規模な改装の為古くからいるスタッフ半分、
新規スタッフが半分だった。
一番の若年者は私22歳で、年長者は60歳くらい。
パンチパーマでないのが、禿げたおじさんと私だけでした。
ほとんどの方が元は組の人で、ほとんどの人が偽名でした。
30人くらいて何故か「佐藤」が半分以上いて、下の名前で呼んでいたと思います。
人生経験を聞くにも聞けず、お互いに話す内容は「競馬」「競艇」「競輪」「パチンコ」
ギャンブルだけです。
皆さん休みの日は必ずどこかの公営ギャンブル場に出向いていて、何故かどこかは必ずやって
いるもので不思議なものでした。
皆がギャンブル依存症というよりも、ギャンブルをする為だけに働いているわけです。
貯金などしているのは、店長と主任と私くらいでした。
元は組の人といっても結構やさしく、仕事は熱心だったので割と苦労はしませんでしたが
人生は終わっている人ばかりでした。
隣のチェーン店のパチンコ店から、元旦早々に連絡が入り「準備金」を貸してくださいとのこと
でした。そこのお店の中国人の主任でまじめな方なのですが、経緯を聞くと店長がいなく金庫に
あった年末年始のお金1億円前後が無くなっているとのことです。
当時私は主任で直ぐにうちの店長に連絡して対応したのですが、どうも逃げた店長はヤクザから
競馬のノミで何千万円もの借金をしていたそうです。
その後つかまってないのですが、殺されてしまったのか分からないが、その人は当時グループ会社
の店長でも一番の実力者でした。
人の入れ替わりが激しいのが特徴のパチンコ店なので、意外と早く出世はできました。
皆さんは辞める時にやめますといってるのではなく、いきなりいなくなります。
それが普通でした。
給料日の次の日がその危険日です。
ある時お店を開けたのですが、早番が8人くらい来るはずが、2人しかいないとかはしょっちゅうでした。
何も誰にも告げずに辞めるのが当たり前なので、それを割り切った人づきあいでしたね。
うわべだけのその場のさみしさを紛らわせるだけの関係です。
将来を語り合うことはありえません。
みんな次の休みにどこのギャンブル場にいこうか、万馬券がとれないかなとかしか考えてません。
お店をやめた後に乞食になった人が何人もいました。
悲しいですね。
その後どうなったかは知りません。
私はお店をやめて12年ですが誰1人あってなく、地方にいます。
先日ふと思いつき12年ぶりに勤めてたパチンコ店に行ってみました。
当然知った顔はいません。
誰かに遭えたらいいなと思ってたのかもしれませんね。