大学に入学までは、勉強一筋でした。
珍しいかもしれませんが、勉強が好きでした。
志望大学は合格できなく、浪人生活をしないというのが親の希望でもあり第二志望であった私立大学
への入学に妥協する形が、今考えるとその後の人生を大きく左右したのかもしれません。
その時の将来の夢は物理学の研究に携わる仕事に就くことでした。
一応、私立ではトップクラスの大学への入学でしたが、本当は行きたかった大学は異なりました。
私の場合のビギナーズラックは、「2重」でした。
パチンコをやるつもりでなく、学生のコンパ用に居酒屋の予約に行った時に、間違って隣の
パチンコ店の入口に並んでしまいました。新装開店というものです。
居酒屋もパチンコ店も入ったことがなく、勝手が全く分からずに気付いたら流されるように
パチスロ台に座ってました。
当時18歳でお金も数千円しか財布にはいつも入ってなかったので、どうしようと思っていた
のですが、モーニングというやつで初めから当たりが入っている台でした。
2時間後に気付いたら、「3万円」財布の中身が増えていたのに強烈なカルチャーショックを
覚えました。
当時のバイトの時給が800円だったので、時給15000円は何が起きたか分かりませんでした。
大学1年の終わりのころで、1つの科目以外は他は全部「A」で優秀な成績を収めた後のことでした。
大学2年に入る時に学科が決まる珍しい大学で、私の希望の物理学は何故か狭き門で激戦でした。
それでも良い成績でしたので行ける自信はあったのですが、結果は残酷でした。
当時大学の春休みで2ヵ月くらい休みがあったので、パチスロの目押しを上達したく毎日パチンコ店
に通うようになりました。
勝ったり負けたりしていて、特に貯金ができるとか借金ができるとかもなく、金銭的に苦痛はなかった
のがやめようとは思わなかった原因かもしれません。
大学2年になっても講義にでることはなく、途中の駅で誘惑に駆られて降りてしまいパチンコ店に行って
しまったりして、そのうち学科の仲間達に合うのがつらくなり、パチンコ店にしか居場所を見つけれませ
んでした。
講義には出てないのを知られない、大学のサークル仲間とは頻繁に遊びました。
家にも大学に行ってないことは言えないで、目を盗むように帰宅して自分の部屋へ籠るようにしてました。
当時パチンコが好きというのもありましたが、将来の夢であった物理学が断たれて何を将来したいかが
見つけられずに日々パチンコをしながらも、将来何になろうかを真剣に模索してました。
周囲の友人達には将来の職種をきちんと決めれている人もいて、とても羨ましかったのを覚えてます。