大学入学して4年が経ち、卒業できる見込みもなく中退という選択肢しかありませんでした。
中退してどうするかを誰にも相談もせず、心を開けなく、自分が取った行動は逃げでした。
パチンコが好きなのでパチンコ店に住み込みで働こうと面接に行き採用を受けました。
当時のパチンコ店は普通の人でなく、元組員とか指がない人とか戸籍がない人とかが多く
そういう世界で「ぼっちゃん」みたいな人間がやっていけるかは不安でしたが、1つ夢を持って
いまして、それはパチンコ店を運営する店長になりたいということでした。
ギャンブルに詳しくなるには胴元を知るしかないと思い、どうやればパチンコ店の店長になれるか
分からずに、新規開店する募集を見て面接兼相談のように「店長になりたいんですが」と質問して
笑われた記憶があります。
最初の数日は、パチンコ店が実家から1時間ほどの場所でしたので通勤しました。
家族にははなしておりません。
しばらくして通勤が大変で、お店の店長からも住み込みにしたらと言われて引っ越すことになりました。
しかし親にも言えず友人にも言えなく、朝当日に目を盗むように家を出たのが今でも忘れられません。
スクーターで荷物1つをしょって走っていた時に、母親が散歩させていた犬だけが私に気付いたようで
その目が忘れられませんでした。その犬とはその後はもう会えることは無かったのです。
物凄い辛かったです。
涙がでるほど嫌でも、自分が周囲へ打ち明ける勇気もなく、分からないように逃げることしかできない
自分と、周囲への申し訳なさで一杯でした。
こういう結果が待ち受けているのは2年前から分かってはいました。
どうにも出来ない、選択肢がない、勇気が無い、保留し続けている間は良いが最後は最悪なものが
待ち受けていると分かっていたのに、パチンコをすることで気を紛らわしていたのでしょう。
【家族】
家族に内緒で家出をした理由は、自分が責められたくなかったからだと思います。
何故大学にきちんと行かなかったのか、これからどうするのか、きちんと対話する勇気がもなく、
相手の言葉を聞ける強さもなかった訳です。
【学歴】
小学校から当時は珍しい進学塾に通い、将来はアメリカの大学院に留学するという方向性で10年以上
積み重ねたものが、ギャンブル依存症により2年で崩壊しました。
【友人】
20年以上地元で暮らして接してきてもらった人々。
だれにも何も言えずに逃げるしかなかった。
未だに何も言えてないのは心残りです。
最近ふと思いついたのが、「人生があと1ヵ月だったら何をしますか?」という問いがよくありますが
私は「今までにお世話になった人全員に、謝罪しに回りたい」と思ってます。
今出来ないのは自分の弱さです。
ギャンブル依存症ではなくなりましたが、過去の過ちを全てきちんと清算して向き合える強さは、まだ
身につけれてません。弱いですね。