第二章






世の中、科学では証明しきれない事象、迷信、伝承なるものは往々にして存在する。

その一つと数えていいものが未知の奇奇怪怪奇天烈極まりない獣の存在、怪獣だろう。

彼らは何処より現れ、その非科学的なまでの防御力と圧倒的な攻撃力で、自然の怒りを体現するかの如く、無作為でありながらも、しかしながら確実に人工物のみを破壊していく。

怪獣とはそういう生き物だ。

怪獣は怪獣であって怪獣でしかない。

しかし、怪獣と定義するものは一体何なのか。

今、私の身体の外延を成している、全高二〇メートルを超える、外骨格で形成された人工体、通称、イブキ。

その外見的特徴から怪獣であると言わざるを得ないイブキだが、その内実は国威発揚の産物、技術力の誇示であり、街を監視する新兵器なのだ。

そう、イブキには、往年の怪獣のような規格外なまでに硬い皮膚もなければ、必殺技もない。それに加えて、意思や感情と呼べる物もないのだ。今のところは。

もし、意思があったなら、生まれながら兵器であることを意味づけられている彼は、まさに怪獣のような振る舞いをするのだろうか。

『綾咲スミレさん』

 カオルの声と同調して、メータが上下する。

「何?」

『余計な事を考えないで下さる? ノイズが入るから』

「……やってますよ」

 私は体からコードが幾つも伸びる状態で、さっきからイブキの操縦をシミュレートしている。

「……あのさ」

『ノイズ』

「少し休憩」

 私は画面に向かって問いかけた。

「カオルは、イブキに意思が発生すると思う?」

 彼女からの返答は素っ気なかった。

『意思の発生プロセスは現在の科学力をもってしても、明らかになっていないのだから』

「カオル個人はどう思ってるの?」

 束の間の沈黙。

『……そうね。そもそも、自由意志なるものは錯覚。行動は遺伝と環境の両因子の組合せによって決定されていくものなのよ、恐らくは。つまり、アタシ達人間にすら、アナタの言う、通俗的意味合いの意思なんてもので世の中の事物を選択などしておらず、アナタの肉体の存在が、システム的な反応の入出力装置となっているだけであって、それを意思と呼んでいるだけ。いえ、どちらにせよ、人脳というたんぱく質の塊が、物を考え、感じ、派生させるという事自体、怪しいものだわ』

 彼女は満足げに笑い声を漏らした。

「それだと、トリガを引かれて、弾を撃ち出す銃にも意思があるって聞こえるけど?」

『あれほど、確固たる意志をもってして、激烈な爆発エネルギーで繰り出される質量も珍しいわね』

 彼女は一頻り笑うと、

『アナタこそ、どう思っているのよ?』

「拳銃?」

『イブキよ。意思がありそう?』

 シミュレーションの中でイブキを歩かせてみた。

「……背後の人形」

『状況説明を詳しく明確にすること』

 抑揚のない平坦な声でカオルは言った。仕事の時の声だ。

「つまりさ、意思なんてない人形から、視線を感じたりする、あれ」

『随分と抽象的ね』

 私はさらに頭を捻り、

「活き活きと動いている時よりも、限りなく静に近い状態の時こそ、イブキに魂を感じるんだよね」

 カオルは鼻で笑った。

『コノ子の魂はアナタ自身ではなくって?』





 この日は、遅くまで残業することになった。

 多くのスタッフが捌けたゼネラル社は、しんと静まり返っていて、廊下も非常灯のみぼんやりと灯る、薄気味悪さがあった。

「アタシは煙草、吸ってから帰るから」

 カオルはそう言って、片手をひらひらと揺らした。

「私も」

 彼女の後にくっつく。

「……アナタ、煙草吸わないはずでしょ?」

「お茶が飲みたい」

 カオルはじっと私を見てから、

「なら、外にしましょう」

 と言って、鞄をひっつかむと、つかつかと暗い廊下を歩きだした。

 廊下を抜け、玄関を出ても、頭を照らす星は浮かんでなかった。

 生ぬるい風が頬を撫で、カオルの煙草だけが赤く灯る。

「飲んだら?」

 カオルは私の手元を顎でさした。

 私はがぶがぶ飲んだ。

「飲んだよ」

「飲み過ぎよ……」

 カオルは細く煙草の煙を吐くと、

「怖いの?」

 私はどきりとした。

「……どうして?」

 手に力が入り、缶が少し形を変えた。

「コックピットのアナタは、どこか、怯えているから……としか、言いようがないわね」

「そんな事ないよ……」

「イブキを造る事が楽しいと思えるには、まだ少し……。ブランクが空き過ぎたかしら?」

 私は何も答え無かった。

 カオルもそれ以上、踏み込まず、煙草の煙を空に吐いた。

「アノ子は元気?」

「誰?」

 と私は聞き返す。カオルは眼だけを動かし、私を見る。

「瑞穂ルルさんよ」

「元気だけど、何で?」

「ずっと連絡取っているのでしょ?」

 私はしばし沈黙したのち、頷いた。

「そう」

 とだけ言って、彼女は押し黙り、ゆらゆらと揺れながら空中に霧散していく煙を眺め続けた。

「……ルルがさ」

 彼女は耳だけを傾けていた。

「カオルの事を誉めてたよ。バイオコンピュータの立役者だとかなんとか」

「……人脳の活動の大方を、人脳を遥かに超える速度と信頼度で再現する機械の知性を作る事がアタシのお仕事」  自嘲するような笑みを浮かべて、カオルは、

「命令された事を実直にこなし、どんなにかくだらないことも新しく考え付くことはない模倣思考を作っただけよ」

 と言った。

 私はじっと彼女の横顔を見つめた。

「どうしてカオルは、兵器を造るの?」

 カオルの眼が少し見開いた。それは微々たる変化で、私の勘違いかもしれない。そして彼女は、お腹を抱えて笑いだした。

「……何も、そんな笑わなくたって」

「違うわよ」

 彼女は目じりを拭うと、深呼吸をして、

「アタシ自身に笑ったのよ」

「……なにそれ」

「その理由、話してもいいかしら?」

「うん」

 彼女は、優しい顔を覗かせた。母親のような、顔だった。

「アタシが兵器を造る理由はね」

 私は頷いて相槌を打つ。

「命を救うためよ」

 私の口は半開きになっていただろうか。

 瞬きをしているうちに、カオルはいつもの顔に戻っていた。

「アタシはね、綾咲スミレさん」

「うん」

「この国が好きなの」

「うん」

「この街を愛しているのよ」

「……うん」

 彼女は吸い終わった煙草を足で揉み消す。

「それと」

 とカオルは言って、

「瑞穂ルルさんに伝えてもらいたいのだけれど」

「何?」

「我が社のテストパイロットを誑かさないこと、とね」





 カオルもルルも、私だって、イブキを人の役に立つものにしたい。

ルルがイブキを兵器にしたくないというのは、結局、彼女は、カオルほどこの街を愛しておらず、直感的に、なんとなく、イブキに殺しをさせたくないだけで、この街の安全を、心から願っていないだけなのかもしれない。

いや。

それは、私か。





「そんな事ありませんよ」

 人でごった返す駅のホームで電車を待ちながら、ルルは言った。

「そうかな」

「そうですよ」

 ルルは両手を拳にして、

「スミレさんは、本当にこの街の安全を考えています」

 と私に念を押した。

 この街の安全、すなわち隣にいるあの人の安全を、果たして、本当に、心から願っているのだろうか。

「ルルは違うって言うかもしれないけれど、本当にこの街を守ろうとするなら、やっぱりイブキが兵器でないと実現できないとも思えるんだ。私は」

 ホームに電車が進入し、ルルの髪が風でなびいた。

「だって、ルル。人間は有史以来、争いをやめたことがないんだ」

 電車はゆっくりと止まり、扉を開けた。

「そんなの違います。争いは終わらないとか、兵器は必要悪だとか、私達が人間だからなんて、事実を現実になすりつけて、諦めてたら、なんにも変らないじゃないですか」

 彼女は私の手を握り、引っ張った。

「電車、乗りますよ」

 私は引かれる手に目を落としながら、冷え切った車両の中へと吸い込まれていく。

列車が見つめる、目的地へとまっすぐに伸びた細い線路の先は、真夏の強い日差しに焼かれ、陽炎の中にあった。  毎年のように更新される記録的真夏日。地球がもたない時が来ているなんて言われて、早、十数年。海面が上昇したところで、生態系のバランスが崩れたところで、食べるものがあり、住むところが確保されている私にはどうにも実感がないままに、警鐘だけが、お祭りのように鳴らされている。

「忙しいならわざわざゼネラルまで迎えに来なくてもよかったのに」

 扉が静かに閉まり、電車が動き出すと、同じ空間を共有する連帯感が生まれ、その所為か、その中でルルは一際目立っていた。

つややかな髪を後ろで束ね、その容姿に似合わぬ、シャツにジーパンなんて、男物を着込んでいる彼女。まぁ、私も他人のこと言えないのだけれど。

「これも仕事ですから」

「仕事、ね」

 ガタゴトと揺れる車窓から見る街景色は、ビルや鉄塔がひしめき合っていて、人の住む隙もなかった。

「北だ南だ、なんて言っているよりも、人類が溢れ出すほうが早そう」

 私がそう言うと、ルルは困った様に笑った。

「皆、北に住みたがっていますからね。過密状態なここも、東京を真似て、巨大人工浮島を建設するなんて噂もありますよ」

「本当かな?」

「噂です」

 ルルは、ふふ、と楽しそうに笑った。

 電車に揺られながら、私は、

「東京のそれ、メガフロートが、爆破予告を受けたとか、狙われてるとかって話、ルル知ってる?」

 と質問をした。

「そうなんですか?」

「噂だけどね」

 南出身だからって、ルルが知っているわけないよね。当り前か。

 窓から差し込む日の光が、ルルの頭に乗りかかっては、ビルの陰が覆いかぶさる。

 この街は自分が困らない程度に人に親切だ。

「ルルはさ、この街のこと好き?」

 彼女は小首を傾げるだけだった。

「いや、どうなのかな〜って。嫌じゃない? 監視なんて、馬鹿馬鹿しいと思わない?」

 ルルの困ったような笑みを見て、私は慌てながら、

「あはは。冗談、冗談」

「安心してください。私はこの街も、スミレさんも好きですから」

 そう。

 揺れは徐々に小さくなり、収まると、鉄の摩擦した匂いが立ち込めた。

 ルルは私の手を握り、

「降りますよ、スミレさん」

 蒸し暑い外へと私を連れ出した。





 京都重工に着いた私は、カオルが調整したソフトウェアの実働テストまでまだ時間がある事を確かめた。

 私はルルに空になったお茶を返し、待合室を出る。

 ルルにイブキを見てくる旨を伝えると、組立棟には既にイブキはない、と実験棟へ搬送された事を教えてくれた。

実験棟はイブキ一人残し閑散としていた。

私は彼の体を叩いてみたり、よじ登ったり、裏に回り込んでは、じっくり眺めた。

 彼は幾つものワイヤで固定され、相変わらずの操り人形だ。

 今日これから、イブキはカオルに授けられる知恵で、自分のあられもない姿を知る事になるのだろうか。

「ありゃ? パイロットさん」

 振り向くと、どこかで見たことがあるような、ショートカットの女の子がそこにいた。

「うちの姉がお世話になっています」

 お辞儀。

「あ、どうも、これは、ご丁寧に……」

 誰だっけ、この子?

「君は京都重工の……?」

「化学班の瑞穂イブです」

 私の顔を見て、彼女は首をかしげた。

「瑞穂ルル、知りません? 技術班にいる私の姉なんですけど」

 ミズホ・イブ。

「あぁ。ルルって姉妹だったんだ?」

 瑞穂って、そっか。この子、ルルの妹。

 よく見ると、どことなく似ている……ような気がする。

「あれぇ? 私のこと、姉から何も聞かされてないですか?」

「うん」

「あははっ! すみません。てっきり、承知の事実かと」

 ルルに妹が居るなんて、知らなかったな。

「こんなところで、何してたんですか?」

 彼女は屈託のない笑みを振りまいて言った。

「イブキを見てた」

 彼女は不思議そうに、ふぅ〜んと言って、イブキを見上げた。

「それで、どうですか? イブキは?」

 私もイブキを見上げた。

「どうだろう」

彼を見ながら答えを探していると、

「可哀想ですよ」

 と彼女は言って、スパナを取り出し、思いっきり装甲をぶっ叩いた。

 甲高い、装甲がきしむ音。

 二の句が継げられないでいた私の顔を見て、彼女はいたずらっぽく笑みをこぼした。

「テストですよ」

 驚いたことに、凹みが瞬く間に治っていく。

「どうなってるの?」

「この装甲板は半導体の微細加工技術を駆使して作成された微小部品から構成される電気機械システムを利用し、材料の内部で発生した層の剥離やダメージを常時モニタリングする、自己診断機能が搭載されているんです」

「装甲板に神経が張り巡らされてるんだ? そんなものが実用化されてたなんて」

「これには自己診断のみならず、予見機能を持った予測診断も実用化されていますよ」

 小耳にはさんだことはあった。

「うちが開発したコンピュータが一役買ってるとかなんとか?」

「えぇ、これはゼネラル製のバイオコンピュータによって実用化されています。一般的なコンピュータ。つまり、脳と違う物質で出来ているコンピュータでは、いくら超並列化したところで、脳と同じ速度、質で処理する事が困難だとして、ゼネラルは人間の脳と同じたんぱく質を使用したんです。たんぱく質はDNAに書かれた四つの塩基からアミノ酸を指定し、その連鎖によって合成されます。つまり、DNAはたんぱく質を合成するための微細な設計図であり、これを利用し微細な集積回路を形成するのがバイオチップの基本的な考えです。分子レベル特有のメカニズムを解明して全体として脳と同じ活動を目指そうとした結果、記憶容量はDNA一グラムでCD三兆枚分に相当し、演算速度はスーパコンピュータの百万倍。これは演算速度の速さだけでなく、機能として脳に近づこうとしているんです」

 カオルってそんなの作っていたのか。

 彼女は目を細めて、イブキを見上げた。

「イブキと違って、バイオコンピュータは人を幸せにします」

 ほんの一瞬だったけれど、彼女は、とても冷たい眼をしていた。

「ゼネラルの商品まで、ずいぶん詳しいんだね?」

「私、説明書を読むのが趣味なんです」

「今のも説明書に書いてあったの?」

「はい。イブキの説明書に」

 あるんだ、そんなの。

 私は自分の趣味が銃や戦闘機であった事を思い出し、カオルの趣味がソリティアである事を思い出し、ルルの趣味が、何であるかを知らない私を思い出した。

 私はルルの事を、何も知らないかもしれない。

「君は、京都出身?」

「はい」

「お姉さんも、京都出身であってる?」

「はい」

 私のこの記憶は、ルルから直接、聞いたものだったろうか。それとも、誰かから聞いたものだったろうか。

「パイロットさんの出身はどこなんですか?」

「私は東京」

 もしかしたら、ルルに関する情報は、どれもルルから直接聞いてなどいないのでは?

 そもそも、私は彼女の何を知っているのだろうか。

「東京、ですか?」

 とルルの妹は言った。

「東京メガフロート。巨大人工浮島。知らない?」

彼女は、ぴくん、と体を震わせ、

「いえ、パイロットさん、知らないんですか?」

「何を?」

「さっき、ニュースに出てましたよ。メガフロート」

 東京が?

「ニュースに? 事件?」

「本当に、知らないんですか?」

「だから、なに?」

 彼女は先ほどまでの陽気な雰囲気は消え去り、目を泳がせた。

「南のグループによる爆破事件……のようなものがありました」

 嘘。

「こんな事を言うのも間違っていますけど、心配しないでください。人は死んでいません」

 そう……。

「爆発物は偽物で、大事には至らなかったそうです」

 彼女はちらちらと私の顔を窺って、

「パイロットさんは、何も言わないんですね」

「え?」

「いえ……」

 言いたいさ。

 だけど、私は、彼女の言葉を聞かなかったふりをした。

 私は自分の左腕にある腕時計に目をやった。

 彼女から視線を外すためにわざと見た。

「もう、時間だ」

 と私は言った。

 本当は、もう少しイブキを見てから向かうつもりだったのだけれど、予定を繰り上げよう。初動に不測の事態は付き物だ。それが人間相手ならなおさら。

「実験ですか?」

 彼女は尋ねた。

「バイオコンピュータの能力を最大限に生かすプログラムを試す」

「成功をお祈りしています」

 どこか、彼女は私を敬遠し始めていた。

 私が東京出身だからか。それとも、彼女が京都出身だからなのか。

 私は右手を差し出した。

 握手をすれば、少なくとも、君に対しては敵意がない事を示せると思ったからだ。

 彼女の手は、小さくて、柔らかかった。

 私は、パイロットスーツに着替えるために、更衣室へと向かった。





 テスト前、京都重工にある広々とした更衣室で、パイロットスーツを着込む。

 横に、ルルもいる。

「……ルルさ」

 いつもと変わらない笑顔で、彼女は聞き返した。

「なんですか?」

「東京の話、知ってる?」

「爆破事件ですね」

「それ」

 妙な間が空いた。

 ゴムのような質感を持つスーツが私の体に纏わりつく。

「どこまで知ってる?」

 そう聞いて、私はロッカーに私服を仕舞い込み、扉を閉めた。

「爆破未遂があった……くらいしか」

「そう」

 しばらく、ロッカーの扉に映る、自分の影と向き合い続けた。

「やっぱり」

 と私。

「やっぱり、イブキには兵器として機能してもらわないと駄目なのかもしれない」

 パイロットスーツを取り出したビニル袋を綺麗に畳んで、ダンボールにしまい込んでいるルルがゆっくりとこちらを見た。

「……スミレさん?」

「ルルが目指す、人道的兵器なんてものじゃ、駄目だと思えるんだ」

「それは、スミレさんだって賛成してくれたじゃないですか」

「したよ。でも、状況を見なよ」

 一歩違えば、東京は大惨事だったんだ。

「どうしてですか?」

「だって、そうでしょ? これでわかったじゃない。人間って、昔からそうだったんだ。ジェノサイドは、ナチスで始まったわけではないのと同様に、ナチスで終わるわけでもないんだ」

 ルルは目を丸くした。

「それで、イブキを兵器にして、スミレさんはどうしようって言うんですか?」

「ルルにはわからない事かもしれないけれど、人を守るためには、やっぱり暴力は必要なんだよ」

「それって、加害者と被害者がひっくり返っただけじゃないですか」

「そんな単純な話じゃないよ」

 私は振り返って、彼女を正面に捉えた。

「ルルは、東京の事件を何とも思わないの?」

「被害が出なくて良かったと、思います」

 良かったって、それだけ?

「だからさ、私が言いたいのは、あんな事件を起こさないためにも、やっぱりイブキは必要なんだ。それも、絶対的な監視兵器の権化として」

「私は、争い事には反対です」

 もぉ!

「だから、その、争いを起こさないための力の行使でしょ!」

「どのような力の行使であっても、それを正当化することはできませんよ、スミレさん」

 冷静すぎる、彼女の抑制された声は、まるで、先の事件は自分には無関係と言っているかのように聞こえた。

「正当化しようとしているわけじゃない。私が言ってるのは……」

「命を奪うって言ってるんです」

「なんでよ! 自分の故郷を守ろうとすることが、そんなにいけないことなの……!」

「いえ……。でも、力に頼らなくても」

 ルルの言葉がいちいち癇に障る。

 広すぎる更衣室も、身につけているパイロットスーツも、ルルの冷静さも、あぁ、どうして、こんなにも、鬱陶しい。

「ルルだって、立派に、兵器開発に携わっている人間の癖に……」

 ルルは眉をひそめた。

「私は、スミレさんのように昔から携わってる人間じゃありません」

「だから人道的兵器なんて、さらりと言えるんだよ。何もわかってないから」

 視線がぶつかったけれども、ルルは目を逸らす事をしなかった。だから私も、離すまいと必死になった。

「スミレさんは、南の人の気持ちを考えたこと、あるんですか」

「あるよ」

「ないです」

「決めつけ?」

 私は鼻で笑った。

「そうです。今、スミレさんがしている事です」

 彼女の言葉は、私をますます不快にさせた。

「スミレさんは、南の現状を知った気でいませんか? テレビから流れる情報が真実だと思っていませんか? そんな酷な話はないでしょう」

「真実とは思ってない」

「だけどそれ以外知らないはずです」

 私は、言葉にならない声を上げるだけだった。

「南の多くの人間が一次産業に従事させられ、貧困に苦しみ、税金ひとつ払えない状態です」

「だから、北が不払い税金分を肩代わりしているじゃないか」

「それで解決するわけないじゃないですか」

 ルルは俯いたかと思うと、悲愴な面持ちで私を睨んだ。

「スミレさんは、南の団体の暴力行為を、プロパガンダとなにか、勘違いしているんじゃないですか」

 笑っちゃうね。

「ルルは、やつらの非合法活動を容認するわけ?」

「いいえ。彼らのやり方は間違っています」

「だったら」

「だからこそ、スミレさんの考えも間違ってるって言ってるんです!」

 じゃあ、どうやって、東京を、人を守ればいいんだよ……。

 私は彼女の横を通り抜けた。

「スミレさん!」

 私は扉に手を掛け、

「……武力行使なんて野蛮人だと、お高くとまってんじゃないよ」

 更衣室を出た。

 扉から数歩もしない処で、

「駄目よォ。テスト前に、そんな苛立っていては」

と私を引き止めたのは、カオルだった。

「……いつからいたの?」

「近くを通りかかっただけよ」

「そう。偶然だね」

「そうね、偶然ね」

 随分と都合のいい偶然があったもんだ。

「じゃあ、私……実験、あるから」

 操縦室へと歩み進める私に、カオルはいやらしい笑みを浮かべながら、肩を抱いてきた。

「これでわかったのではなくて?」

 とカオルは息がかかるくらいに顔をよせて言った。

「……何が」

「南の人間の浅ましさが、よ」

「……そんな事」

 彼女は大げさに肩をすぼませた。

「あらあら。アナタ自身が、そう思っていたのではなくって? 最低なのは、アノ子だぁ、なんて」

 くすくす、と彼女は声を押し殺して笑った。

「アタシはね、綾咲スミレさん」

 私の顔を覗き込んで、

「アナタこそが正しいと思うわ。南と違ってね」

 囁くように言った。

「アノ子、瑞穂ルルさんは、この期に及んでも、争いは嫌いだ、自分はどんな力の行使にも反対だァ、なんて言っているのかしら」

 私が小さく頷くと、カオルは私の髪を撫で、梳いた。

「東京の件。さぞ、心配でしょう。アタシもとても心配。このまま何もせずにいたら、下劣な南の人間が、ここに来るかもと思うと……」

「だから……イブキを兵器にしないと」

 私が言うと、彼女は狐目をして笑っていた。

「カオルも、命を救うために、兵器を造るんだよね?」

「えぇ、そうよ」

 彼女の頬笑みがこれほどまでに心強いとは思わなかったな。

「カオル。私達がイブキで、争いを止めよう」

 すると彼女はくすりと笑った。

「アタシはね、争いはしなければならないものだと思うの」

 廊下に響く彼女の妖艶な声。

「なぜなら、略奪も強姦も虐殺も、あらゆる暴力が承認された状態が争いであって、それは人間の根源的な暴力性の開放の祝祭であるのよ」

「カオルは人を救うために兵器を造るんじゃなかったの?」

 耳元で彼女は囁く。

「その通りよ」

「言ってる事が滅茶苦茶だ」

 陶器のような白く細い指先を、カオルは自分の唇に付けて笑った。

「ただ、勘違いしないでほしいことは、アタシの言う争いは、快楽目的などではないのよ。現代人の治療目的なの」

「治療?」

 彼女は頷き、目元を緩めた。

「えぇ、そうよ。人間は慣れる生き物。例えば、いつの間にか、交通事故によって死亡する人間は、消費される数として、誰もその事故に対する異常性に気づかなくなっている。世界ではそういう事故がいつもどこかで行われているのだという慣れが生まれてくる。南に住む人間は火薬を用いた暴力行為を見慣れ、その異常さにまったく気づかなくなっている。ここに人間性の恐ろしさがあるのよ。進歩だと思われたものは、実は人間性の喪失をもたらしていたの」

「だから、イブキでそれを気付かせる?」

「ショーとしての争いをイブキになら上手にやれる」

「魅せる争い……」

 彼女は私の耳にかかる髪を優しく撫で上げ、

「争いを悪であるとみなす思想は、自己犠牲という最高の生き方を否定して、すべての国民にこざかしいエゴイストとして生きることだけを許すことになる。争いに含まれている粗野な要素を嫌悪するあまり、争いそのものの本質を無視しようとする本末を誤った考えを、瑞穂ルルさんはしている。人間のための争いを捨て、非人間的な平和を選んだアノ子の発想。痩せた考え」

「平和を選んじゃ、ダメなの?」

「本質的人間性を捨ててまで選ぶべきものかしら」

「平和を慈しむ事は、間違えなの……」

「交尾と戦争をやめられない人間達を前にして、平和を唱えるなんて、どれほどに献身的慈悲愛を示すつもり? 自己を捨てて、神に走るものは神の奴隷よ」

 カオルはにたにたと笑い、

「南の人間は国家に自分を捧げるという事を忘れ、国民精神が腐敗しているのよ。南の国民は個人の身体や財産にしがみつくようになっている。南の不払い税金分をいくらアタシ達、北の人間が肩代わりしたところで、その恩を忘れ、先のような爆破事件を何度となくしてきた。さて、その腐敗を一掃するには、どうしたらいいのかしらね。今の南日本に祖国のために死ねるものなど居ないわ。自分の命だけが大事。国と言う公がわずらわしい。権利はいくらでも主張するが、義務は納税ひとつ負わない。南の人間は国家が嫌いである。権力も嫌いである。そして都合のいい事に、この国の平和は、国民でさえあれば自分たちも与えられるサービスだと思っている。南の個人はまるで消費者なのよ」

 カオルは、口元を三日月のように歪めていた。

「……私、実験があるから」

 すると彼女は、私から手を放した。

「いってらっしゃい、綾咲スミレさん」





「こちら、リサーチ〇一、オペレーティングシステムの起動準備完了。保有する情報は、チャーリー」

『リサーチ〇一へ。起動を承認。起動シーケンスは一七を適用』

「こちらリサーチ〇一。了解。オペレーティングシステム起動承認受領。シーケンス一七了解」

 コックピットに画像が転送され、イブキの脳が覚醒したことを伝えた。

 棺のような操縦室。室内と呼べるほどに広くもなく、人一人が入れるほどしかない。

 息苦しい。

『先ほど振りね、綾咲スミレさん』

 カオルから通信が入った。

『実験棟なんて狭苦しいところは嫌でしょうけど、我慢してね。予算の都合上、外へ搬送ばかりしていられないのよ』

 ゼネラルの海岸線に設置されている実験場と違い、ここは狭い実験棟の中。動き回る実験には不向きだろうけど、今日は別段、動きまわることはないし、構わない。

『それじゃあ、実験を開始するわ。心の準備はよくって?』

 頷く。

『では、実験開始』

 イブキはその電子頭脳に刷り込みされた実行ファイルを開いた。

 凄まじい速度で計算をはじめ、時折私に指示を仰ぐ。

 私には基本的に二択以上の設問はされない。

 はいかいいえだった。

『綾咲スミレさん』

 カオルが語りかけてきた。

『コノ子は今回のプログラムインストールで今までとは格段に変わるわ』

「駄々をこねたり?」

『個性、なんてものは生まれないわ。アタシが言いたいことはね、より、アナタに近づくという事』

「私に?」

『えぇ。コノ子はアナタの思考回路を読み取り、模倣し、アナタの癖を真似るようになるわ。実際は、アナタが思考し、行動に移そうとしたのだけれど、あたかもイブキはそれ以前にアナタの思考を先読みし、行動に移した。そのような錯覚に陥るかもしれないわね』

「予見行動……」

『安心なさい。そう錯覚するだけ。アノ子は推論などせず、あくまでもアナタの思考トレース。誤作動は起きず、安全性に問題はないわ』

「それを今から確かめるんでしょ」

『そうね。それを確かめるのよね』

 イブキが懸命に実行率のバーを伸ばしては、抵抗するかのようにバーは止まる。

 私はその繰返しを横目に、イブキが眺める実験棟を一望した。

 コックピットにはない実験棟の壁が目の前あり、天井があり、光がある。

 これは映画の感覚に似ているだろうか。のめり込んでいる時は、嘘の世界が現実で、ふと冷めると、そこが映画館であった事に気づき、壮大な世界が画面の中におさまっているだけだとわかってしまう。

 私にとって、この実験は、現実的なものに感じられなかった。

ふと、実験棟の窓辺に、人影が現れた。

 瑞穂イブだった。

 声こそ聞こえないが、こちらを指差し、口を大きくあけて、何か言っている。

 するとそこに、困ったような顔をしたルルも現れた。

「……」

 姉妹なんだから、別に、仲が良くっても何の問題もないだろうに。

 私はイブキの望遠機能を使って、彼女達の顔に近づく。

 読唇術はないのだが、あれだけ口を大きく動かされては何とはなしにわかる。

「ねえさん、かな。ルルの事を呼んでるんだろうな……きっと」

 瑞穂イブは子供のようにはしゃいでいて、その横のルルは……。

「……」

私には見せたことのないような顔で笑ってた。

「……」

聞いてよ。ルルがさ、笑ってるんだよ? ねぇ、イブキ?

笑うんだよ? さっきのことなんて、ルルにとってどうでもいいことなんだ。すっかり忘れてるんだ……。

「……なんで」

 ルルの顔を、これ以上見ていたくない。

「なんで、笑っていられるのさ……」

その時、小気味よい電子音が二回、なった。

「何?」

 イブキは実行ファイルを完了した後で、バーは消し飛んでいた。

 代わりに、“認識”の文字が、明滅していた。

「何を認識したんだ、イブキ……?」

 次の瞬間、イブキはゆらりと体を前進させ、狭い実験棟に肩をぶつけ、天井につるされていた蛍光灯が何本も揺れ落ちた。

「カオル!?」

『どうかしたのかしら?』

 妙に落ち着き払った声。

「イブキが」

『アナタの思考命令を読み取ったようね』

「じゃなくって、勝手に動き出した!」

『そんなことないわよ。ちゃあんと、アナタからの命令を受信しているわ』

 出してないよ、そんなの……!

 イブキは体をひっぱる固定ワイヤを引きちぎり、窓ガラスを割り、地面を揺らしながら、さらに一歩前進した。

「イブキ、止まりなさい!」

 尻尾を揺らし、バランスをとりながら、さらに一歩進む。

バランサ正常なんて、

「そんな報告いらないよ、イブキ!」

 イブキは止まる気配を一向に見せない。

「カオル! イレギュラーだ! イブキ止まんない!」

『思考命令からマニュアルに切り替えても駄目かしら?』

「もうやってる!」

 さっきからキーボードを叩いてはいるが、イブキの脳に直接言葉を書き込むには、まだ時間が必要だった。

「カオル、私はなんて命令を出したの!?」

イブキは、ルル達に向かって前進しているのはあきらかだった。

『詳しいことまではわからないわよ。ただ』

 ただ?

『攻撃命令が出るわね』



 そんな……!



「なんで、どうして!」

『それはパイロットのアナタが一番わかっていることではなくって?』

「わかんない! 知らない! 誰もそんなの出してない!」

『駄々こねないで』

 幾つもの停止命令を構築しては、イブキの脳にぶち込んでいる。あといくつ書いたら、お前は止まるんだ!

「カオル! そっちでイブキを止められないの!」

『こちらでも手は打っているのだけれど、イブキはすぐに止まれない』

 カオルの、くすくす、と押し殺した笑い声が聞こえる。

 イブキは一歩ずつ、ルルへと向かっていく。

 手が震えてキーが打ちづらい。

「思ってない! 私、そんな事思ってない! イブキ、お願いだよ! 止まってよ!」

 イブキは私の声を聞き入れず、拳を握りしめ、目の焦点は、ルルへと定められていた。

「止まれ!」

 私は、最後の停止プログラムを彼の脳に押し込んだ。

痙攣を起こしたように停止したイブキは、

『はい、停止』

 ほぼ同時、カオルによってそのすべてのブレーカが落とされ、完全に沈黙した。





  「なんでもっと早く切らなかったの!」

 イブキの前でデバック作業をしていたカオルのもとへ駆けつけ、私は怒鳴った。周りの目なんてどうでもいい。

「データが消し飛ぶのが怖かったのよ」

 彼女はディスクをひらひらとちらつかせた。

「人を巻き込むところだったんだ」

 私は彼女に詰め寄り、目障りに動く手を掴んだ。

 カオルはつまらなそうに掴まれた腕を一瞥すると、

「確かに、少し設定がピーキー過ぎたかしらね。おかげでアナタの命令を愚直にこなしてしまったわ」

「何を…、あれは誤認だよ!」

 彼女はにんまりと笑って、

「あれは、アナタが出した命令」

「違う、イブキが勝手に動いたんだ!」

「停止命令を受け付けない誤作動はあった。けれど、バグはそれだけ。最初期の命令に関しては、確実にアナタから出ていた。レコーダにもそう残っている」

 彼女は私の手を解き、絡めてきた。

「気にすることないわよ」

 カオルは息をかけるように耳打ちをした。

「東京の事件があった後ですもの。南の人間を見て、そう思わない人間のほうが少ないわ」

「それは、違う」

「違わないわ。イブキがそう言っているのだから」

「言ってなんかない!」

「いいえ、アノ子はどこまでも饒舌に語ってくれたわ」

 当たり前のような顔をして彼女は言った。

「何を」

「綾咲スミレさんの本心を」

 カオルは手で口元を覆い、笑みを隠した。

「アノ子の思考パターンはアナタのそれをコピーしたもの。もう一つのアナタなのだから」

 私が、ルルを殺そうとしたって、そう言いたいの……。





   廂をはずれた月光が、イブキに空虚な影を伸ばす、半壊した実験棟の中。

「イブキ、聞こえてる?」

 誰もいない実験棟に戻ってきて、私は何を確かめようとしているのだろう。

「どうして、私の言う事を聞かなかったの?」

 殴りかけの状態で停止しているイブキには、注意を促すテープが張られ、周りには黄色と黒のロープが巡らされていた。

 イブキは黙っているだけで、私に顔を向けることもしない。イブキは機械だ。

「……なに、話しかけてるんだろ」

「ありゃ?」

 懐中電灯だろう。私は目がくらみ、手で影を作った。

「パイロットさんっ、こんばんは」

 瑞穂イブが満面の笑みでお辞儀をしてきた。

 一本の光で照らされた実験棟の中、その有り様がまざまざと見え、私は一連の出来事を反芻した。

「大丈夫でしたか?」

 彼女は私の顔を覗き込んだ。

「イブキ、誤作動しちゃいましたね」

 私は唇を噛んだ。

「あれは、誤作動なんかじゃない……」

 私のぼそぼそとした声に、彼女は耳をそば立て、首をかしげた。

「そうなんですか?」

私は顔を逸らしてから、頷いた。

「そうだよ」

 ふぅ〜ん、と彼女は言った。

 私は彼女の靴を視界に入れたまま、黙っていた。

「パイロットさん」

 私は声につられて顔をあげた。

「ほら、笑ってください!」

 頬をつままれ、眼前に笑顔の見本というような笑みが差し出された。

「元気出してください!」

 私はつままれた頬をさすってから、ため息を吐いた。

「どうすればいいわけ?」

「何がですか?」

 首を傾げる姿が、ルルにそっくりだった。

「というか、私にどうして欲しいわけ? 試しに言ってみなよ」

 しばらく目を天井に向けてから、

「元気に笑って欲しいです!」

 と彼女は言った。

「私は元気だよ」

「駄目ですよ。笑ってないから」

 彼女はわざとらしく、口を尖らせ、そっぽを向いてみせた。

「……笑えないよ」

「どうしてですか?」

「気分じゃない」

 なるほど、と彼女は頷いた。

「わ!」

 と彼女は大声を出してから、首をひねった。

「驚かないんですね?」

「うん」

「てっきり、暗いところが苦手なのかと……」

「怖くて笑えないって言ってるんじゃないよ……」

 私は彼女の横顔に話しかけた。

「……君にとってすれば、私は敵じゃないの?」

 もう、はっきり言ってくれ。

「敵なんだよね」

 彼女は私に振り向いて言った。

「私は、パイロットさんの敵なんですか……?」

「いや、だから……。待って。……何言ってるか、わからない」

 私は自分の頭を小突いてから、

「君は、北を恨んだことはないの? 北が不当な圧政を強いてるとか、思わない?」

 彼女は少し驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑った。

「この国に、北とか南とか、あるんですかね?」

「……やっぱりあるよ。世間には、北と南の、経済格差の線引きが」

「やっぱり、そうですよね」

 彼女は笑みを浮かべ続けていた。

「でも、私は」

 壁に背を押し当て、彼女は言った。

「それでも、誰かと仲良くすることくらい、許されてもいいと願っています」

「……君が、許してくれるのなら」

 私に、彼女はルルそっくりの笑顔を返してくれて、

「ありがとうございます」

 と何故か、そう言った。

 私はわけもわからず、おずおずと頷く。すると、彼女は小さく笑った。

「パイロットさん、ご飯食べませんか。私、お腹すいちゃって」

 彼女は片手でお腹をさすってみせた。

「パイロットさんが来てくれたら、姉もきっと喜びますし」

「え?」

 と私の間抜けな声。

「姉が作った料理、食べたことありますか?」

「えっと」

「きっと今日もパスタだと思いますけど、パイロットさん大丈夫ですよね?」

 返事をする前に彼女は私の手を引っ張った。

「決まりですね!」

 結局、私は、押しかけ同然にルルの手料理を御馳走になることになった。

喧嘩中であることをお互い確かめ、私達は笑った。











                                       第三章



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